俺は左手で受話器を耳に当てながら、公衆電話の受話器のフックを右手で下に引いた。
いったん電話が切れた。
それからその公衆電話のゼロのボタンを押した。
公衆電話のゼロは電話局のオペレーターが出てくる。
「ハロー。コレクト・コール、トゥ、ジャパン、プリーズ。
テレフォン・ナンバー、イズ、xxxx−xxxx。」
(Hallow.Collect call
to Japan,please.Telephone
Number is xxxx−xxxx.)
東京へのコレクト・コールは簡単につながった。
「もしもし、丸和信託です。」
「あぁ、ニューヨーク支店、梅田です。」
「あっ、荒井です。 おはようございます。
いや、ニューヨークは夜ですよねぇ。 こんばんは、かな?」
いい奴が出てくれた。
荒井とは東京のディーリング・ルームで一緒に働いていたので気心も知れている。
「いや、まだ夕方だよ。 こっちは、もうすぐ6時。
東京は、まだ朝の7時前だろ?
早いじゃない。」
「今日は当番なんですよ。
お客様で早くから電話をしてくる人もいますからねぇ。」
「そっか。 ところで、ドル・円50本売りたいんだけど。」
「えっ、今ですか?」
「うん。 今売りたいの。」
「お待ち下さい。」
荒井がドル・円を50本売る指示をしているのが聞こえる。
「梅田さん、50本売りました。161円のニーゴーです。」
「161.25か。ありがとう。
じゃあコンファーメション(取引確認書)をテレックスでニューヨーク支店に送っといて。」
「はい。 ありがとうございます。
あの・・・・・、何かあったんですか?」
「あとでわかるよ。
いまは俺の口から言えないんだ。」
「わかりました。」
「じゃね。」
また公衆電話の受話器のフックを右手で下に引いた。
それからコインを入れてすぐに田辺課長の自宅の番号を押した。
「もしもし、田辺です。」
「あっ、梅田です。」
「どうだ? 売ったか?」
「はい。 50本売りました。」
「そっか。 俺も支店長の許可をもらっといたからな。」
「はい。
じゃあ、ぼくは途中で抜け出して来ていますので、日本クラブに戻ります。
まだ、何かあるかもしれませんし・・・・・。」
「そうか、ご苦労さん。
じゃあ、俺は今から東京に電話をして、情報を伝えておくよ。」
「わかりました。
また、何かあれば、電話します。」
「ああ、今日はもう出かけないから、何かあれば電話してこい。
何もなければ、無理に電話をかけてこなくてもいいぞ。」
「はい、わかりました。 じゃあ、失礼します。」
やるべきことはやって、日本クラブに戻った。
戻ってからはこれといって特別なこともなかった。
ニューヨーク稲門会の人達は、若くても30代後半ぐらいで、俺よりも十近く年上だし、俺の知っている人は結局一人もいなかった。
しいて言うならば、松下大蔵大臣をテレビや新聞で知っていただけだ。
もちろん、松下大蔵大臣は俺のことなんか知らないわけだし、こういった会も知り合いがいないとたいしておもしろくもない。
最後に松下大蔵大臣と一緒にみんなで記念写真を撮ることになった。
記念写真を撮る際に、たまたま松下大蔵大臣の隣になった。
その時に一言二言お話をしたのだが、他愛のない会話だったのだろう、何を話したのかも覚えていない。
写真を取り終わると松下大蔵大臣はすぐに退出した。
大臣が退出してからも、知り合いのいる人達は赤ら顔で談笑していたが、俺はつまらないので早々に外に出た。
まだ、7時前だ。
空腹に気が付いた。
ヴォッカ・アンド・トニックを3〜4杯飲んだだけだ。
ぶらぶらと歩いて、「ドサンコ(DOSANKO)」に寄って帰ることにした。
「ドサンコ(DOSANKO)」はニューヨークで、最も安いジャパニーズ・レストランだ。
チップを込みの7ドルで味噌ラーメンが食べられる。
それでも、1ドル160円で計算しても1120円だ。
安くはない。
残念なことにあまりおいしくもない。
それでも、けっこう流行っている。
最近は、ジャパニーズ・フードは低カロリーで健康に良いと評判なのだ。
日本人や、中国人に混じってアメリカ人もよく来ている。
どうも、「海外にいる日本人」はことさらに「日本食」にこだわるようだ。
こっちに来る前に、そういった話を聞いて、『俺はそんなことはないさ』と、思っていたのだが、どうやら俺は「典型的な日本人」のようだ。
『でも、そういった日本人特有の考え方、行動パターンがあるから、今日も松下大蔵大臣に直接会えたんだなぁ・・・・・』
そんなことを考えながら、あまりおいしくない味噌ラーメンをすすった。
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