そう話している最中にドルが売られだした。
ドルを530本買い終ってから、まだ、10分も経っていない。 |
ボイス・ボックスから、ブローカーの声がした。
「ワン・エイティワン・フィギュア・ヒット!」
(181.00 Hit!)
ラッサー・マーシャルのスーザンの声だ。
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「ナインティ・ギブン!」
(90 Given!)
「エイティ・ギブン!」
(80 Given!)
「セブンティ・ギブン!」
(70 Given!)
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ディーリング・ルームは、ブローカーと直接の電話回線でつながっている。その電話回線はディーリング・ルームに備え付けてある小さなスピーカー・ボックスにつなげてあって、ブローカーの声は一方的にこちらに伝わって来る。
「ヒット(Hit)」はそのプライスが売られたことを意味する。
「ギブン(Given)」も全く同じ意味だ。
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181.00が誰かに売られたことをブローカーが伝えてきたのだ。
181.00が売られてから、わずか数秒で180.70まで売り込まれてしまった。
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俺は大竹さんにこの動きを伝えた。
「あーぁ・・・・・。
落ちちゃった・・・・・。
大竹さんに電話がつながった時は、
181.25 - 35だったんだけど。
今、たった今、この数秒で、
180.70までギブンしたよ・・・・・。」
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俺は手元の計算機で、大竹さんの損益を計算していた。
大竹さんの持ち値は180.99、マーケットの現在値が180.70だから、
[(180.70−180.99)× 500,000,000 = −145,000,000
]
このわずか数秒で、1億3000万円のプラスから、1億4500万円のマイナスになっている。差し引きなら2億7500万円の違いだ。
大竹さんに電話をかけるときには、たったワン・ディールで1億3000万円の利益かと、羨ましく思ったことなど、もう早くも忘れている。
「だからやめとけって言ったじゃない・・・・・。」
他人のプロフィット(Profit・利益)は羨ましく思うが、他人のロス(Loss・損失)に対しては、なんとも感じない。
ディーラーとは至って冷淡なものだ。
この1億4500万円のロスは俺のロスではない。
「セブンティ・ギブン! シックスティ - セブンティ!」
(70 Given! 60 - 70!) |
スーザンの声がまた聞こえた。
俺たちのドル買いが終った途端に、参加者が減って、マーケットは急に薄くなった様子だ。
大竹さんが電話をしてきたのが、ニューヨーク・タイムで朝の10時過ぎだったことを思い出した。
俺は壁に掛かっている3つの時計を振り返って見た。
真ん中の時計は11時を回っていた。真ん中がニューヨーク時間だ。
その左側の、同じかたちの時計が4時を指している。ロンドンは夕方の4時だ。
右端の時計は12時になっている。
「東京は夜中の12時ですか・・・・・。」
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「今いくらだ?」
「180円の ロクマル - ナナマル だよ。
急に静かになった。」
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5億ドルのポジションは、ディーラーにとってはとんでもなく大きいが、日本の大手機関投資家のポジションならば、持ち切れないわけではない。
相場なんて上がったり下がったりして動くものだと考えれば、180.99よりも高いところで売るチャンスもあるものだ。
そう思って俺は言った。
「大竹さん・・・・・。
諦めて、もう寝たら?」
「いや、梅田! あと500買え!」
「えー?!」
「あと500買え!」
大竹さんが熱くなっているのと、本気であと500本買う気でいるのが伝わってくる。逆らったり、茶化したり、聞き返したりするとまずい。
「わかった。 折り返す。」
俺は静かに答えた。
「田辺課長!」
「あぁー、なんだぁ?」
「あと500買います!」
「あぁー?」
「年金、大竹さん。
あと500本、ドル買いです。」
「まだ買うのぉ?
なにやってんだろうねぇ・・・・・?」
「・・・・・。」
俺は返事に困った。
たぶん大竹さんの遊びだ。
リアル・キャッシュを何億円も賭けたギャンブルだ。
しかし、そうは言えない。
ましてや、俺が田辺課長に、『青春のモニュメント!』なんて、言えやしない。
ちゃんとした返事ができないものだから、ごまかし気味に、さらにドルを500本買う旨を、アシスタント・ディーラー達に英語で伝えた。
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