ディーリング・ボードの短縮ダイヤルを押して、東京のディーリング・ルームを呼んだ。
「トゥルルル・・・・・トゥルルル・・・・・ はい、丸和信託です!」
「あぁ、もしもし、ニューヨーク支店、梅田です。
おはようございます。」
「あぁ、荒井です!
おはようございます。」
「大竹さん、売った?
売れた?」
「いやぁ・・・・・、とりあえずドル・円500本売りました。」
「それで183円ゴマル(183.50)から182円チョード(182.00)まで落ちたの?」
「はい。
そうだと思います。」
『やっぱり・・・・・。』
大竹さんは、会社に着いてすぐに売り始めたようだ。
ドルが落ちるときは速い。
マーケットが薄い時間帯ということもあるが、500本のドル売りで1円50銭落ちている。
ニューヨーク市場で、俺たちがドルを500本買ったときは、その都度だいたい1円の上昇だった。
ドル・円、為替相場の癖だ。
プライスが『ドル高円安』に動くときはゆっくりで、『ドル安円高』は速い。
今回もその傾向は変わらない。
「梅田さん、また、大竹さんが100本、ドルを売るようです。
梅田さんはニューヨーク支店のディーリング・ルームに居るんですか?
そうだったら、こちらから折り返します。
まだ、人数が揃わなくって、ぼくもディールを手伝うんですよ。」
「あっそうか。
ごめん、ごめん。
まだ、ディーリング・ルームに居るから折り返して。
じゃあ、あとで・・・・・。」
電話を切った。
『そぉかぁ・・・・・。
大竹さん、もう500本も売ったんだ。
少なくとも、持ち値の181.78よりも高いところで売ったんだから、この売った500本は儲かっている。
残りは1500本、15億ドルか・・・・・。
全部売るのかなぁ・・・・・。』
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そんなことを考えながら、ロイター・スクリーンの緑色の文字を見ると、182.00 - 10だったドル・円の表示が、181.45
- 55まで急落して点滅している。
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東京の荒井のとの電話を切ってから何分も経っていない。
『大竹さんのドル売りか・・・・・。』
また、ロイター・スクリーンのドル・円の表示が動き出した。
181.45 - 55から181.20 - 40になり、181.00 - 50になった。
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もう一段急落したようだ。
大竹さんが、また売ったのかも知れない。 |
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時計をみるとニューヨークは6時25分、東京は朝の7時25分だ。
ディーリング・ボードの外線のボタンが光った。
「ハロー、マルワ・トラスト。」
「もしもし、荒井です。」
「あぁ、梅田です。」
「先程は、すみませんでした。
せっかくお電話を頂いたのに・・・・・。」
「いやぁ・・・・・。
で、どう? マーケットは?」
「今、180円ハチマル・キューマル(180.80 - 90)くらいですね。
年金が、あれから、また売りました。合計で800本売ってます。
でも、180円台は買いが出て来ますねぇ・・・・・。」
「うーん・・・・・、今日のニューヨークも180円のニマル・サンマル(180.20
- 30)が底値だったからなぁ・・・・・。」
「ところで、梅田さん、年金のドル買いですが、何で20億ドルも買ったんですか?」
「いやぁ・・・・・。」
「・・・・・?」
「いやぁ、荒井。
俺もよくは知らないんだよ・・・・・。
ヘッジの買い戻しじゃあないの・・・・・。
年金とはコンファーム(取引の確認)したんでしょう?
取引に問題はないよね?」
「ええ。
コンファームは終っています。
取引に問題はありません。
ただ、何でこんなに買ったのかなぁと思って・・・・・。」
「・・・・・。」
余計なことを言って、大竹さんの立場が悪くなっては申し訳ない。
「あっ!
梅田さん、誰か大口で買ったみたいですよ。
今、181.50テイクンです。」
ロイター・モニターが181.45 - 55で点滅している。荒れ相場だ。
わずか10分か15分で1円、2円の上下動になってしまう。
「荒井、だいじょうぶか?
また、あとで折り返しでもいいよ。」
「いや、だいじょうぶです。
ディーラーの人数が揃って来ましたから。」
ロイターの点滅が181.80 - 90になった。
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「いま、年金から181円ハチマル(181.80)で100本のドル売りのオーダーを見てます。
あぁ・・・・・、売れましたねぇ。
今こうして話している間に181円ゴマル(181.50)も100本売ってますから、合計で年金が1000本 売りました。」
「激しいねぇ・・・・・。」
「いやぁ、梅田さん・・・・・。
他の銀行のディーラー達から質問を受けるんですよ・・・・・。
なんで、ニューヨークでこんなに大量にドル・円を買ったのか・・・・・。
何か情報があるんじゃないかって・・・・・。」
「うーん・・・・・。
だからいま売ってんじゃないの・・・・・。
買い過ぎちゃったから・・・・・。」
「・・・・・?」
「・・・・・。」
「・・・・・?!
ははあ・・・・・。
なるほど・・・・・。
大竹さんと梅田さんのイタズラですか?」
「・・・・・。 いや・・・・・。
俺は止めとけって言ったんだけどね・・・・・。」
「だいじょうぶですよ、梅田さん・・・・・。
だいたい想像がつきました。
オフ・レコにしておきますから。」
「・・・・・。
うん・・・・・。
ありがとう・・・・・。」
荒井は、さすがに鋭い。ごまかせない。
荒井とは、つい昨年まで東京のディーリング・ルームで一緒に仕事をしてきた間柄だ。お互いの性格もよくわかっている。
それに、大竹さんのこともよく知っているから、見抜かれてしまう。
まさか、こんなに苦しんだ、なんてことは知らないだろうが・・・・・。
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